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Joao Voz e Violao/ジョアン・ジルベルト

ぼんやりと過ごしているうちに夏ももう終わり。ジョアンの4回目の日本公演が迫ってきました。ジョアンのアルバムを聴き返しているこのシリーズも、急がなければあっという間にコンサートのある11月がやってきそうです。

本作は「ジョアン、声とギター」のタイトル通り、完全に歌とギターだけのソロアルバム。現時点で、ジョアンのスタジオ録音アルバムとしては最新作です。実にシンプルな録音。実はこのスタイルでの録音は、ジョアンの長いキャリアの中で、ライブアルバムを除けば初めてのことでした。前作(といっても10年ほど間があいていますが)の「JOAO」はノスタルジックなオーケストレーションが美しいゴージャスな作品だっただけに、その対比に驚かされます。

録音も生っぽく、ギターや唇のノイズも聞こえるほど。すぐ目の前でジョアンが歌ってくれているような気持ちにさせられます。至福の時。しかし、のんびりと聴く訳にはいきません。ジョアンが声とギターだけで展開するのは、鋭く、厳しく、研ぎすまされた、静かな、密な、しかし軽やかな世界。ジョアンがものすごく集中しているのが伝わってきます。だらっと聴くことはできません。背筋が思わず伸びてしまうような音楽。夏のぼんやりもすっきりと吹き飛びそうです。もちろん全10曲を聴き終わった後、全身を幸せなリラックス感が包んでいるのに気がつきますが。

1曲目は大好きなカエターノ・ヴェローゾの曲「サンバがサンバであるからには」。ともかくギターのコードワークが凄まじい。この1曲を聴くだけで打ちのめされそうになります。想像を絶するギターの演奏に、ジョアンの世界、ジョアンの宇宙に引きずり込まれ、最後の曲(「想いあふれて」!)まで現実世界に帰ってこれません。このアルバムはカエターノがプロデュースしているんですが、自分の曲をこんな風に演奏されたら、うれしいだろうなあ。プロデューサーではあるけれども、もうすべてジョアンにお任せ、何も口出しできなくなってしまいそう。実際にそうだったようですけどね。

「沈黙をも凌駕するのは、ジョアンだけだ」と、カエターノは自身の作品で歌っています。声とギターによるジョアンの世界は、どこまでも静かで、果てしない。本作は沈黙以上の深淵なるジョアンの世界、宇宙を体感できる、ちょっと怖いぐらいに美しいアルバムです。

このアルバムの後、ジョアンは2003年に初来日し、声とギターだけで、そして半時間にも及ぶ「沈黙」(そういう事件があったんです)で、聴衆をジョアンの世界、宇宙へ引きずり込みました。そのコンサートは、一瞬だったような、永遠だったような、これまで一度も体験したことがないものでした。2004年のコンサートでも、2006年のコンサートでも、ジョアンは声とギターだけで、新しい体験をもたらしてくれました。

ボサノヴァ創始者のひとり、アントニオ・カルロス・ジョビンは50年前、ジョアンのデビューアルバムのライナーで、まったく新しい音楽をこの世界に生み出したジョアンのことを「27歳のボサノヴァ」と呼びました。あれから50年。ジョアンは日本式でいえば今年で喜寿。しかし今もなお、新しい音楽体験を僕たちに運んでくれる「永遠のボサノヴァ」なのです。(2000年、UNIVERSAL MUSIC)
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幻の特装本/ジョン・ダニング

活版印刷の技術の継承と、活版による新しい表現にチャレンジしている「オールライト工房」のみなさんが東京からチョロン本店に来られ、活版印刷を間近で見る機会を得ました。すごかった。活字を拾って、版を組み、手刷りで印字していきます。まだお若いみなさんですが、すでに職人気質というような雰囲気を身にまとっておられ、てきぱきとかっこいい仕事ぶりでした。

そんな活版印刷のおもしろさに触れたところで、棚から引っ張り出してきたのが本書。アメリカのミステリー作家ジョン・ダニングの作品です。古本好きが高じて警察官の職を辞し、古書店を始めたジェーンウェイが活躍するシリーズの2作目。前作ではまだ警察官だったジェーンウェイですが、本作ではすっかり古書店の主人におさまっています。

血なまぐさい事件から離れてのんびりと古書にふける毎日を送るジェーンウェイ。そこへ元同僚から奇妙な依頼が舞い込みます。存在するはずのないポー「大鴉」の限定版を盗んで逃亡している女を連れ戻してほしいというもの。そして事件が動き出します。

ミステリーなので内容についてはこれ以上触れませんが、ストーリーのかぎとなる「大鴉」の特装本をめぐる記述が実に魅力的。特装本はもちろん活版です。特別の活字を作り、1冊ずつ手刷りされた特別な本。異常なまでの職人気質が発揮される場面の描写には、オールライト工房のみなさんの熱心な仕事ぶりを思わず重ね合わせてしまいました。

活版印刷や古書、古書業界のうんちくにあふれ、ハードボイルドやアクションのおもしろさも存分に盛り込んだ本書。本好きのみなさんにはとりわけおすすめです。暑くて寝苦しい夜にもぴったりの快作です。(1997年、ハヤカワ文庫)
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ジョアン・ジルベルトの伝説/ジョアン・ジルベルト

7月10日はボサノバの誕生日。1958年のこの日に、ジョアン・ジルベルトが「想いあふれて」「ビンボン」の2曲を録音し、これによってボサノバが世に生み出されたとされています(異論もあるようですが)。今年2008年は、それから数えて50年。「ボサノバ50周年」になるというわけです。

50周年を記念して、ジョアンのアルバムを聴き直すシリーズの3回目は、その2曲も収録されているアルバム「伝説」です。つまり、このアルバムにボサノバが生まれた瞬間が記録されているということなんです。これがすべての始まりなんですね。

内容は1958年から61年までに録音されたジョアンの初期のアルバム3枚とEP盤を編集したもので、全38曲が収められています。現在もジョアンのレパートリーとなっている曲の大部分(つまりそれはボサノバの超名曲集ということです)がずらりと並んでいます。世の中にボサノバの名曲集、コンピレーションアルバムはたくさん出回っていますが、これがオリジナル。そして、後発のどれとも似ていない、ジョアンの音楽です。

録音は確かに古く、アレンジもやや大仰で、ジョアンの歌声も若いですが、ボサノバは生み出された時にすでに完成形だったことがよく分かります。ジョアンの歌声やギタープレイは今も進化し続けていると言えますが、この初期の録音でも、ジョアンの世界はすでにつくり上げられています。

冒頭に収録されているのがボサノバ最初の曲「想いあふれて」。特徴的なイントロが聴こえ、ジョアンが歌い出すだけで、胸が熱くなって、まさに想いがあふれてきます。わずか2分足らずの曲ですが、この1曲が世界のポピュラー音楽の歴史を書き換えたんですね。

ついでに言えば、僕はこのCDでたくさんのボサノバの曲を覚えました。歌詞カードもかなり真剣に読みました。本当に素晴らしいアルバムです。

そんな本作ですが、元の録音と比べると、曲順はバラバラ、収録時間の関係からフェイドアウトされている曲もあることなどから「オリジナルと違う」という人もいるようです。ただ、元のLPなどはすでに入手困難であり(もちろん僕も持っていません)、簡単に聴くことができないので、僕には比べようもありません。さらに言えば、このCDも現在はジョアン本人の意向(らしい)から廃盤となっており、これまた入手は困難。数年前に一時、赤いジャケットのフランス盤が出回りましたが、それも今では見かけません。お持ちでない方は、もし中古店などで見かけたら、何も考えずに手にとられることをお勧めします。(1993年、東芝EMI)
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気になる部分/岸本佐知子

当代随一のエッセイスト(本業は翻訳家ですが)の第1エッセイ集。ともかく衝撃的な1冊です。げらげら笑えて、心底共感できるんですが、あれ、笑っていていいのかな、共感して大丈夫かなとふと怖くなってしまうような、何といっていいのか分からなくなるような、不思議な本なんです。

さすが翻訳家だけあって、言葉の選び方が尋常でなく、身の回りに起こる奇妙な出来事を、さらりさらりと、しかし凄まじく爆発力のある文章で綴っていきます。

そして特筆すべきはその「妄想力」。よくテレビで漫才やコントの人が「妄想」という言葉を使っているのを聞きますが、岸本さんの妄想力はケタが違います。その辺の一般人はもとより、芸能人も足元にも及びません。

本書にも「軽い妄想癖」という章が設けられていますが、「軽い」というのはたいへんな謙遜(?)で、たいへんな誤りです。この後、岸本さんの妄想力はどーんと突き抜けていき、最近創刊された柴田元幸さんが責任編集人を務める文芸誌「モンキービジネス」(最高におもしろい。次号も楽しみ)でも連載ページを持たれていますが、その妄想力たるや、人知の及ばぬ地平へ行ってしまった感があります。「妄想が趣味」とか言っている人は、岸本さんから妄想の何たるかを学んでいただきたい。

もちろん翻訳家としての岸本さんの活躍ぶりも素晴らしい。ニコルソン・ベイカーはじめ、今おもしろい英米文学の多くを手がけておられ、岸本さんが翻訳している作品なら、知らない作家でも読んでみて大丈夫ーと思わせてくれます。最近出版された岸本さんの監修、翻訳による作品「変愛小説集」も何だかすごいです。

白水Uブックス版には川上弘美さんのことを妄想力たっぷりに書いたボーナストラックも収録されています。岸本さん、気になる人です。(2006年、白水Uブックス。単行本は2000年発行)
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JOAO GILBERTO PRADO PEREIRA DE OLIVEIRA - AO VIVO/ジョアン・ジルベルト

ボサノバ生誕50年、今秋のジョアン・ジルベルト再来日を記念して、ジョアンのアルバムを聴き返すシリーズの2回目。今回はライブ盤です。リオのテレビ番組での演奏を収録した作品で、長いタイトルはジョアンの本名です(AO VIVOはライブ盤の意味です)。

収録されたのは1980年。この年、ジョアンは18年もの長い海外生活を終え、ブラジルに戻ります。ブラジル最大のTV局グローボはジョアンの帰還を祝い、記念特別番組を制作しました。ジョアンのギターと歌、バックにオーケストラという演奏で、ジョアンはカエターノの当時の最新ヒットから、ずっと時代を遡ったサンバやマルシャの古典まで、まさに縦横無尽に弾き、語ります。もちろんジョビンの曲も。どの曲もまさにジョアンのもの。曲が作られた時代やスタイルに関係なく、ジョアンの世界が繰り広げられます。

孤高の人ジョアンですが、ボサノバ最初の曲「想いあふれて」では、当時14歳だった愛娘ベベウ・ジルベルトとデュエットしてみせます。今と違って(いやいや今もかわいいですが)かわいらしい娘ベベウの歌声に、さりげなくハーモニーを付けるジョアンがまた何ともかわいらしい。また人気女性シンガー、女優のヒタ・リーとのデュエットもあり(このヒタ・リーが登場するあたりは実にテレビ番組っぽいです)、ジョアンはとても楽しそうな歌声を聴かせています。

この番組を録画したビデオがあるそうですが(僕は未見ですけども)、ジョアンは満面の笑顔で、ヒタと腕を組んだりして歌っているらしいと聞きました。本当かなあ。ふるさとに戻ってちょっと浮かれ気味のジョビンの姿、ぜひ見てみたいです。
(追記…Youtubeで検索してみたら見ることができました。Youtubeってすごい。何でもありますね。しかし想像以上のショッキング映像でした。ヒタと腕を組んでハンドマイクで歌うジョアンは目が泳ぎっぱなし。ベベウとのデュエットは想像以上のかわいさでした)

このライブ盤は、1998年にボサノバ40年を記念して初CD化。レコードではカットされた「ブラジルの水彩画」や「バイーア・コン・アガー」など4曲が、ビデオテープから起こされて追加収録されました。この4曲はさすがに音質は悪いですが、それだけに、ジョアンの繊細で、しかし力のある演奏が強く印象付けられるような気がします。

ようやく戻ったブラジルで、たくさんの人の歓迎を受け、新旧取り混ぜた故郷の曲を、幸せそうに演奏するジョアン。聴いているこちらも楽しく、開放されたような気分になれる作品です。(1998年、ワーナーミュージック・ジャパン)
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