2008.08.20 Wednesday
| music |
Joao Voz e Violao/ジョアン・ジルベルト
ぼんやりと過ごしているうちに夏ももう終わり。ジョアンの4回目の日本公演が迫ってきました。ジョアンのアルバムを聴き返しているこのシリーズも、急がなければあっという間にコンサートのある11月がやってきそうです。本作は「ジョアン、声とギター」のタイトル通り、完全に歌とギターだけのソロアルバム。現時点で、ジョアンのスタジオ録音アルバムとしては最新作です。実にシンプルな録音。実はこのスタイルでの録音は、ジョアンの長いキャリアの中で、ライブアルバムを除けば初めてのことでした。前作(といっても10年ほど間があいていますが)の「JOAO」はノスタルジックなオーケストレーションが美しいゴージャスな作品だっただけに、その対比に驚かされます。
録音も生っぽく、ギターや唇のノイズも聞こえるほど。すぐ目の前でジョアンが歌ってくれているような気持ちにさせられます。至福の時。しかし、のんびりと聴く訳にはいきません。ジョアンが声とギターだけで展開するのは、鋭く、厳しく、研ぎすまされた、静かな、密な、しかし軽やかな世界。ジョアンがものすごく集中しているのが伝わってきます。だらっと聴くことはできません。背筋が思わず伸びてしまうような音楽。夏のぼんやりもすっきりと吹き飛びそうです。もちろん全10曲を聴き終わった後、全身を幸せなリラックス感が包んでいるのに気がつきますが。
1曲目は大好きなカエターノ・ヴェローゾの曲「サンバがサンバであるからには」。ともかくギターのコードワークが凄まじい。この1曲を聴くだけで打ちのめされそうになります。想像を絶するギターの演奏に、ジョアンの世界、ジョアンの宇宙に引きずり込まれ、最後の曲(「想いあふれて」!)まで現実世界に帰ってこれません。このアルバムはカエターノがプロデュースしているんですが、自分の曲をこんな風に演奏されたら、うれしいだろうなあ。プロデューサーではあるけれども、もうすべてジョアンにお任せ、何も口出しできなくなってしまいそう。実際にそうだったようですけどね。
「沈黙をも凌駕するのは、ジョアンだけだ」と、カエターノは自身の作品で歌っています。声とギターによるジョアンの世界は、どこまでも静かで、果てしない。本作は沈黙以上の深淵なるジョアンの世界、宇宙を体感できる、ちょっと怖いぐらいに美しいアルバムです。
このアルバムの後、ジョアンは2003年に初来日し、声とギターだけで、そして半時間にも及ぶ「沈黙」(そういう事件があったんです)で、聴衆をジョアンの世界、宇宙へ引きずり込みました。そのコンサートは、一瞬だったような、永遠だったような、これまで一度も体験したことがないものでした。2004年のコンサートでも、2006年のコンサートでも、ジョアンは声とギターだけで、新しい体験をもたらしてくれました。
ボサノヴァ創始者のひとり、アントニオ・カルロス・ジョビンは50年前、ジョアンのデビューアルバムのライナーで、まったく新しい音楽をこの世界に生み出したジョアンのことを「27歳のボサノヴァ」と呼びました。あれから50年。ジョアンは日本式でいえば今年で喜寿。しかし今もなお、新しい音楽体験を僕たちに運んでくれる「永遠のボサノヴァ」なのです。(2000年、UNIVERSAL MUSIC)



活版印刷の技術の継承と、活版による新しい表現にチャレンジしている「
当代随一のエッセイスト(本業は翻訳家ですが)の第1エッセイ集。ともかく衝撃的な1冊です。げらげら笑えて、心底共感できるんですが、あれ、笑っていていいのかな、共感して大丈夫かなとふと怖くなってしまうような、何といっていいのか分からなくなるような、不思議な本なんです。
ボサノバ生誕50年、今秋のジョアン・ジルベルト再来日を記念して、ジョアンのアルバムを聴き返すシリーズの2回目。今回はライブ盤です。リオのテレビ番組での演奏を収録した作品で、長いタイトルはジョアンの本名です(AO VIVOはライブ盤の意味です)。